台風24号、25号と大型の台風が通り過ぎていき、長島町もすっかり秋模様。
さつまいもの収穫時期に入り、じゃがいもや芋焼酎の準備も慌ただしくなってきました。

年末には長島町の養殖ブリは最盛期を迎えます。

そして、「夕陽のあと」の秋クランクインもいよいよ来月からスタートします!

待ったなし!のこれから繁忙期を迎える長島町のなかで、
長島大陸映画実行委員会はじわじわと盛り上がりを見せている
「夕陽のあと」の特別企画を実施しました。

 

長島町長 川添健 × 映画プロデュース担当 小楠雄士 対談

長島町に昔から根付いた娯楽文化・映画

(写真左)映画プロデュース担当 小楠雄士 (写真右)長島町長 川添健

小楠:町長は映画を見るのはお好きですか?

川添:好きですよ。映画って知らない世界を知ることができたし、夢がありましたので、若い頃はよく見ましたよ。時代劇や日活の渡り鳥シリーズ(齋藤武市監督)は好きでしたね。最近ではないけど「武士の一分(山田洋次監督)」は感動しました。涙を流しながら見ました。

小楠:邦画がお好きなんですね。山田洋次監督と言えば「男はつらいよ」シリーズでは鹿児島県を舞台にしていたストーリーも何作かありましたね。

でも、長島町にも近郊にも肝心の映画館が無いし、なかなか映画を見る機会というのは無いですよね。どうやって映画を見ていたのですか?

川添:子どもの頃は巡回映画というのがありました。興行主さんがいて、週に2回ぐらい町内に複数箇所あった集会所をまわってくれていたので、子供の頃はよく見ていましたよ。

当時は他にも、教育委員会が主体となって、日本の文化を受け継ぐために16ミリを持って各集落をまわって、純粋な恋愛映画などを鑑賞できる機会を作っていたんですよ。

 

小楠:長島町に移動式映画館が存在していたんですね。アメリカから火が付いたドライブインシアターみたいです。今では日本でも目にすることができるので、その先駆けみたいなものかもしれませんね。

川添:そうかもしれませんね。教育委員会が主体となってはいましたが、青年団が受け皿になっていたので、そこで生まれた収入は青年団の活動費になっていました。

小楠:おお、なるほど。そういう意味では昔から映画というのは長島町の生活に密着していた娯楽だったのかもしれませんね。

川添:そうです。だからこそ映画に対する憧れというものは長島町民にとって強いわけです。当時は、終戦後で文化度の高い映画が多く、横長のスクリーンが主流となり始めた、ある種映画が変革期を迎えるタイミングでもありました。

 

今の時代の子育てに欠かせない”地域力”

小楠:ところで町長もご存知のとおり、長島町を舞台にした映画が製作されています。そして、映画のテーマは”子育て”です。町としても今回の映画製作に注力していただいていますが、映画にはどのようなことを期待されていますか?

川添:今の時代、子育て世代の夫婦が子どもを複数人育てるのは難しい時代になっていると思います。だからこそ、地域社会が子どもを見守って育てる時代になってきているはずです。夫婦間にもさまざまな問題を抱えていることだってある。

そんな時代だからこそ、地域社会こそ一人ひとりの子どもを見守る時代であるべきだということを長島町が発信していければと考えています。

小楠:僕が生まれ育ったのは東京の中でも半分自然に恵まれたような所で、小学生の頃なんかは地元の公園で見ず知らずの子どもたちも含めて一緒にサッカーをしていました。夕方のチャイムが鳴っても続けていると近所の方から「早く帰って飯食って寝ろ!」と怒鳴られてました(笑)

お隣さんとディズニーランドに行ったりする近所付き合いもあったし、顔見知りの店主さんも至るところにいました。今の時代の都市部のコミュニティでは想像すら出来ないと思いますが、地元で地元の子どもを見守ることは、25年前はどこでも当たり前の習慣だったかもしれませんね。

 

川添:きっとそうでしょう。それに、長島町の子ども達は逞しいと思いませんか?それは先代たちから脈々と受け継がれた、自分たちの身体を使って生きていける自活能力の高さが起因していると思います。

子ども達は日々近くの大人達を見て、自分たちに出来ることを身近に感じることができている。頭を使うことは勿論大切ですが、自然豊かな地方の地域社会で若いうちから自由に柔軟に育っていき、発想を広げていくこともとても大切だと思います。

小楠:たしかに。自分が生きていくとか、人を育てていくといった価値観は一周まわって見直されていくべきタイミングなのかもしれませんね。僕自身まだ独身ですが(笑)、きっと子どもを育てるときに地方の地域社会が一緒になって自分の子どもを育ててくれるということは安心感に繋がるだろうし、子ども自身も暮らす場所を目一杯堪能できるでしょうね。

それに、長島町は子育てのコミュニティに加えて、町が子育て支援の取り組みに力を注いでいますよね。長島町は産む場所、育てる場所、暮らす場所として色んな方に広く認知させていきたいとお考えですか?

川添:そうですね。長島町は子育てしやすい町だと皆さんに知っていただきたいですね。最近改めて見直したのですが「東京物語(小津安二郎監督)」という映画を知ってますか?

尾道に暮らす夫婦の子ども達が東京に暮らしていて、東京にいる子ども達の様子を見に夫婦が訪れたのですが、東京で働く子ども達は忙しなく両親の相手をする暇がない。そして、尾道に帰った直後に、母が亡くなってしまうのです。

ここから物語は続くのですが、この物語の終盤に、残された父に対して東京に暮らす長男の妻が「もうお父さん東京で一緒に暮らそう」という言葉をかけるシーンがあります。

そこで父が放った言葉が「東京には行かん。尾道には近所の人もいるし、役場の人もいる」というセリフが出てくるんです。昔の時代から、暮らしていくためには地域の存在が必要だということを物語っているんです。

小楠:すごい素敵な話しですね!見たことがなかったので見てみたいです。映画に込められたメッセージは今の時代に通ずるところがありますね。生活を根ざす場所に地域力というものがあるということですよね。

川添:そうです。まさしく地域力。 私が町長に当選したときに「長島町の人口は1万人強。町民一人ひとりを大切にする町を作っていくぞ」という気概を、まさに「東京物語」は表現してくれている映画なんですよ。

子どもだけではなく、大人もお年寄りも惹きつける地域力というものがあるはずです。長島町に暮らすどこの誰かが困っている時に「どうしましたか?大丈夫ですか?」と声を掛けあっていく。それが長島町の地域力を底上げしていくでしょう。

私はこれからも率先して声を掛けられるひとりでありたいし、長島町役場は長島に暮らす方の側に寄り添う存在でありたいです。

小楠:「夕陽のあと」は長島町の地域力が伝わる作品になることを目指していきます。本日はありがとうございました!

川添健
1944年鹿児島県生まれ。出水高卒後63年旧東町役場入庁。企画財政課長、総務課長を経て95年8月収入役。05年2月東町長。06年4月合併後の初代長島町長に就任、現在4期目。

小楠雄士
1985年東京都生まれ。明治学院大学経済学部卒業後、楽天株式会社を経て17年株式会社幻冬舎入社。コンテンツビジネスのプロモーションを担当。18年映画プロデュース担当として長島町地域おこし協力隊着任。